2025年に日本でも公開された、新ローマ法王が選出される様子をスキャンダラスに描いた映画『教皇選挙(Conclave)』は、作品の完成度の高さもさることながら、前教皇フランシスコの死去により、映画の公開時期に実際の選挙が行われたこともあり、大きな話題となりました。そんな「教皇選挙の街」として知られるのが、ローマから車で1時間半ほどのところに位置し、中世の面影を残す、イタリア・ラツィオ州の小さな街、ヴィテルボ(Viterbo)です。

初めての教皇選挙が行われた「パラッツォ・デイ・パーピ」 Image by lino9999 from Pixabay

現在は、ヴァチカン市国にあるシスティーナ礼拝堂で行われる教皇選挙ですが、ローマが混乱に包まれていた1257年から1281年の間、教皇庁は一時的にヴィテルボに移され、「パラッツォ・デイ・パーピ(Palazzo dei Papi)」を拠点としていました。その期間中の1268年に、世界で初めての教皇選挙がこの地で行われました。枢機卿たちは次の法王が選出されるまで選挙を続けるのですが、この初回選挙は2年9カ月も続いたそうで、怒った市民たちが部屋に鍵をかけ、枢機卿たちは決まるまで外部と遮断されて投票を繰り返すシステムができたのだとか。

パラッツォ・デイ・パーピは、教皇クレメンス 4 世自身の教皇時代の1257年に建てられたゴシック建築の建造物で、教皇選挙が行われた「コンクラーベ(教皇選挙)の部屋」や、その部屋から出てきた教皇が挨拶をしたといわれる回廊「祝福のロッジャ(Loggia delle Benedizioni)」などが見どころです。

中世の街並みがそのまま残っているサン・ペッレグリーノ地区
 Photo by Gabriella Clare Marino on Unsplash

それに隣接するのが、ヴィテルボのドゥオモ、「サン・ロレンツォ大聖堂(Cattedrale di San Lorenzo)」。ヴィテルボは、古くはエトルリア文明の中心地でしたが、この大聖堂はエトルリアのヘラクレス神殿跡地に建てられたといわれています。12世紀に建てられた教会は、ロマネスク様式に新築され、その後、16世紀にはルネサンス様式に改修されました。

ヴィテルボは中世の街並みや城壁がイタリア国内でも中世以来の状態をもっともよく保っている街の一つと言われますが、これらがあるサン・ペッレグリーノ地区(San Pellegrino Terme)と呼ばれる旧市街中心部は、歴史を物語るような路地や、アーチ、塔の家々が迷路のように広がっています。この地区の中心には「サン・ペッレグリーノ広場(Piazza San Pellegrino)」があり、貴族の館「アレッサンドリ宮殿(Palazzo degli Alessandri)」や「サン・ペッレグリーノ教会(Chiesa di San Pellegrino)」が立ち並んでいます。

ヴィテルボの守護聖人、サンタ・ローザのご遺体 © Sailko, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons

さらに、ヴィテルボの守護聖人である聖ローザを祀った教会「サンタ・ローザ聖堂(Santuario di Santa Rosa)」もあります。ここには、数々の奇跡を起こし、死後も朽ちなかった聖ローザのご遺体が祀られています。また、聖ローザの祝日である9月4日の前日3日の夜には、「マッキナ・ディ・サンタ・ローザ(La Macchina di Santa Rosa)」と呼ばれる、高さ30メートル近い山車を市民が担ぎ、街を練り歩くお祭りも開催されます。

完璧な状態の城壁が街全体を囲んでおり、街の中には7つの門のいずれかを通って出入りする
 © Miki Tanaka

ヴィテルボの城壁は、現代では珍しく完全に街を覆う形で残っているため、街の中には7つの門から出入りします。当時の人々がしたように城壁の門をくぐれば、中世の街にタイムトリップしたような気分が味わえる、イタリア旅行のリピーターにもおすすめの穴場スポットです。

投稿者プロフィール

田中 美貴
田中 美貴
大学卒業後、雑誌編集者を経てイタリアへ。現在ミラノ在住。ファッションを中心に、デザイン&インテリア、カルチャー、食、旅などの記事を有名紙誌、WEB媒体に寄稿。TV、広告などの撮影コーディネーションや、イタリアにおける日本企業のイベントオーガナイズやPR、カタログ作成や翻訳なども行う。
https://living-in-eu.com/wp-content/uploads/2026/09/16_2609_italy-viterbo_00.jpghttps://living-in-eu.com/wp-content/uploads/2026/09/16_2609_italy-viterbo_00-150x150.jpg田中 美貴2025年に日本でも公開された、新ローマ法王が選出される様子をスキャンダラスに描いた映画『教皇選挙(Conclave)』は、作品の完成度の高さもさることながら、前教皇フランシスコの死去により、映画の公開時期に実際の選挙が行われたこともあり、大きな話題となりました。そんな「教皇選挙の街」として知られるのが、ローマから車で1時間半ほどのところに位置し、中世の面影を残す、イタリア・ラツィオ州の小さな街、ヴィテルボ(Viterbo)です。 初めての教皇選挙が行われた「パラッツォ・デイ・パーピ」 Image by lino9999 from Pixabay 現在は、ヴァチカン市国にあるシスティーナ礼拝堂で行われる教皇選挙ですが、ローマが混乱に包まれていた1257年から1281年の間、教皇庁は一時的にヴィテルボに移され、「パラッツォ・デイ・パーピ(Palazzo dei Papi)」を拠点としていました。その期間中の1268年に、世界で初めての教皇選挙がこの地で行われました。枢機卿たちは次の法王が選出されるまで選挙を続けるのですが、この初回選挙は2年9カ月も続いたそうで、怒った市民たちが部屋に鍵をかけ、枢機卿たちは決まるまで外部と遮断されて投票を繰り返すシステムができたのだとか。 パラッツォ・デイ・パーピは、教皇クレメンス 4 世自身の教皇時代の1257年に建てられたゴシック建築の建造物で、教皇選挙が行われた「コンクラーベ(教皇選挙)の部屋」や、その部屋から出てきた教皇が挨拶をしたといわれる回廊「祝福のロッジャ(Loggia delle Benedizioni)」などが見どころです。 中世の街並みがそのまま残っているサン・ペッレグリーノ地区
 Photo by Gabriella Clare Marino on Unsplash それに隣接するのが、ヴィテルボのドゥオモ、「サン・ロレンツォ大聖堂(Cattedrale di San Lorenzo)」。ヴィテルボは、古くはエトルリア文明の中心地でしたが、この大聖堂はエトルリアのヘラクレス神殿跡地に建てられたといわれています。12世紀に建てられた教会は、ロマネスク様式に新築され、その後、16世紀にはルネサンス様式に改修されました。 ヴィテルボは中世の街並みや城壁がイタリア国内でも中世以来の状態をもっともよく保っている街の一つと言われますが、これらがあるサン・ペッレグリーノ地区(San Pellegrino Terme)と呼ばれる旧市街中心部は、歴史を物語るような路地や、アーチ、塔の家々が迷路のように広がっています。この地区の中心には「サン・ペッレグリーノ広場(Piazza San Pellegrino)」があり、貴族の館「アレッサンドリ宮殿(Palazzo degli Alessandri)」や「サン・ペッレグリーノ教会(Chiesa di San Pellegrino)」が立ち並んでいます。 ヴィテルボの守護聖人、サンタ・ローザのご遺体 © Sailko, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons さらに、ヴィテルボの守護聖人である聖ローザを祀った教会「サンタ・ローザ聖堂(Santuario di Santa Rosa)」もあります。ここには、数々の奇跡を起こし、死後も朽ちなかった聖ローザのご遺体が祀られています。また、聖ローザの祝日である9月4日の前日3日の夜には、「マッキナ・ディ・サンタ・ローザ(La Macchina di Santa Rosa)」と呼ばれる、高さ30メートル近い山車を市民が担ぎ、街を練り歩くお祭りも開催されます。 完璧な状態の城壁が街全体を囲んでおり、街の中には7つの門のいずれかを通って出入りする
 © Miki Tanaka ヴィテルボの城壁は、現代では珍しく完全に街を覆う形で残っているため、街の中には7つの門から出入りします。当時の人々がしたように城壁の門をくぐれば、中世の街にタイムトリップしたような気分が味わえる、イタリア旅行のリピーターにもおすすめの穴場スポットです。欧州13カ国のリアルな生活情報を網羅。プラハやワルシャワの最新トレンドから、スイスの高度な医療、オランダの住宅事情まで。移住検討者が「一番知りたかった」一次情報を、データと現地の声で届けます。